梅雨の時期なのに水が無い?水無月の言葉の由来や意味

水無月の由来と意味

春から夏への移り変わり…梅雨の季節が近づいてきましたね。
最近は皆様の家庭や職場などでの雑談でも、
この話題になることが、多いのではないでしょうか?

また、こうして季節や月の変わり目あたりになると、
雑談中の天気や季節の話の中で「もうすぐ水無月だね~」なんて
月や季節をあらわす名前が話題に出ることも、増えてくることと思います。

ところで、こうして度々雑談のネタにあがって、
毎回、大抵そのまま適当に流れてしまう季節や月の話ですが、
ふと、「そういえばこの言葉の意味って何なんだろう?」
と思うことないですか?

梅雨の時期なのに水が無い?水無月の言葉の由来や意味

たとえば、上記の、水無月。

先日、職場でこの水無月の話になったのですが、
普段なら「水無月だね~」「そうだね~」で流れていくところを…

「でも水無月ってたしか梅雨あたりの時期だよね?」
「雨がたくさん降るのに水の無い月、水無月って変じゃない?」

でも水無月ってたしか梅雨あたりの時期だよね?

と誰かが言いだしたものの誰も分からず、不明のまま会話終了…。
それがきっかけで凄く水無月が気になってしまったんですよね。

というわけで今回はこの、水無月について、
正確には何月の事なのか、梅雨時期らしいのに何故水無月なのか、などなど
詳しい意味や由来などを調べてみることにしました!

天気や月の話題は、言葉の意味がわからなくても
「そうだね~」で適当に流すことも出来るのですが、
きちんと意味を知っていた方が、理解も深まって話題も広がりそうですし
ぜひ、私と同じく水無月についてよく知らない方、
今後役立つ雑談ネタのひとつとして、読んでみてくださいね!

 

 

水無月の意味とは?その由来は?

まず、水無月の意味や由来について調べてみました。

水無月は、もともと、日本の旧暦6月の別名です。
この月の別名は、1月から12月まですべてにあり、それぞれ1月から、

睦月(むつき)、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)、卯月(うづき)、
皐月(さつき)、水無月(みなづき)、文月 (ふみづき・ふづき)、
葉月(はづき)、長月(ながつき)、神無月(かんなづき)、
霜月(しもつき)、師走(しわす)

となっています。

そして、水無月の意味を調べたところ、
水無月は、水の無い月と書きますが、実はこれ「水がない!」
…という意味ではありませんでした。

水無月の「無」は、他の月の別名である神無月(10月)の「な」と同じく
「の」にあたる連帯助詞であることから、
水無月は、「水の月」という意味になるんです。

日本の旧暦の6月は、田に水を引く月とされていました。

そしてここに、水無月と名付けられた由来もあります。

 

かつて、日本の旧暦の6月は、田に水を引く月とされていました。
そのことから、旧暦6月は、水の月、
すなわち水無月と呼ばれるようになったのです。

日本にとって米作りは、大昔から大変重要なこととされてきましたし、
暦も、神事や行事などのためだけでなく、
農作業の時期を見極めるためにも役立てられていたので、
水無月が田んぼに水を引くという重要な時期として名づけられたという由来も
すごく納得がいきますよね。

これで、冒頭にも書いた
「雨が降るのに、水が無い、水無月って変だよね?」という疑問、
これでバッチリ解決ですね!
水無月は、「水が無い」ではなく、逆に「水がある」という意味でしたし、
そもそも、梅雨も関係なかったですしね。

あれ、でも…
先に、水無月は旧暦6月の別名、と書きましたよね。
それなのに、新暦を使っている筈の現在でも、
6月頃になると、「もうすぐ水無月だね」とか「もう水無月だね」とか、
普通に6月=水無月、と周りは普通に言っている気がする…

旧暦6月の別名を、新暦6月に使うのはおかしいのでは?

と疑問に思った方も居られるのではないでしょうか?

この旧暦と新暦って、暦が違う筈なのに、
旧暦6月の別名を、新暦6月に使うのはおかしいのでは?
実はみんな間違って使っているの…?私も間違っていた?
と、考えると、ちょっと不安な気持ちになりますね。
今まで間違っていたなら恥ずかしいですしね…

そこで、この疑問について、次項で詳しく調べてみることにしました!

 

 

 

旧暦も新暦も水無月は6月を示す

水無月の月について更に調べたところ、
水無月は元々は、前項にも書いたように、旧暦の6月を示す別名でした。

それが、現在では、
昔と同じく旧暦6月であるのに加えて、
新暦の6月の別名でもある、というのがわかりました。
つまり、現在の暦の6月を「水無月だね~」と言うのも正解なのです。

暦が違えば、6月の時期も違いそうなのに、どちらも6月でいいの?!
と思ってしまいますが…
これは、日本が改暦した時の経緯に理由がありそうです。

それについて、以下に書いていきますね。

大昔から日本では、中国から伝わった
太陰太陽暦という暦が使われていたのですが、
明治時代の改暦で、それまでの太陰太陽暦にかわり、グレゴリオ暦が採用され、
太陰太陽暦は旧暦とされ、グレゴリオ暦が新暦とされました。

旧暦も新暦も水無月は6月を示す

 

しかし、この改暦が割と急というか…
明治5年12月2日(1872年12月31日)まで、旧暦だったのが、
その翌日の12月3日をもって明治6年(1873年)1月1日に改められたのです。

このせいで、ほぼ1ヶ月、旧暦と新暦では月がずれてしまったんですね。
1ヶ月といえば、季節もズレますし、相当な違いですよね。

でも、この旧暦から新暦への改暦は当時
明治政府から、社会に対して「新暦使えよ」と厳密に徹底されたわけではなく
1909年(明治42年)までは暦に新暦と旧暦が併記されているなど、
長い事、旧暦も新暦も混ざった様な状態で使われていました。

そういう状況から、なかなか人々の間でサクッと新暦には変わらず
行事などを旧暦で行ったり、別の行事は新暦に対応したり、
地方によって暦の浸透具合や対応の仕方がまちまちだったりしたのです。

 

今みたいに、テレビやネットで日本全国に瞬時にお知らせを流す、
なんてことも出来ませんから、
地方によって伝わり方や対応の早さで違いが出るのも仕方ないですもんね。

地方によって伝わり方や対応の早さで違いが出るのも仕方ないですもんね。

元々旧暦6月の別名だった水無月が、新暦でも6月の別名とされたことの
正確ないきさつや理由は、残念ながら、調べてもわかりませんでした。

しかしおそらく、水無月など旧暦の月の異名も、上記のように、
旧暦扱いだったり、新暦扱いだったり、地方によって色々あったので、
それらを全部合わせて、現在のように「旧暦、または新暦の6月の別名」と、
両方で呼ばれるようになったのではないでしょうか?
正解と間違いを決めるより、どちらも正解にしたほうが簡単ですしね。

ちなみに…旧暦の6月水無月は、
現在使われている新暦だと、6月下旬から8月上旬くらいにあたりますよ。
初夏~真夏くらいの時期で、新暦の6月とは季節もかなり違いますね。

旧暦と新暦の水無月の違い、面白いですね。

 

 

水無月の由来や意味には他にも説がある

前項にて、水無月の由来と意味を、
「日本の旧暦の6月は田に水を引く月であることから、
水無月と呼ばれるようになった」
と紹介しましたよね。

これは、水無月の由来や意味で現在、
もっとも有力とされている説です。

しかし、水無月の由来には他にも、諸説あるんです。
そこで、ここではそれらの説をいくつかご紹介します。

「水張り月」が「みなづき」になった説

「水張り月」が「みなづき」になった説

田植えのする時の田に水を張る時期がこの時期である事から、
最初「水張り月」と呼ばれ、それがやがて、「みなづき」になった、
という説です。
田に水を引く月、とちょっと似ているけど、少し違う説ですね。

「皆尽月」が「みなづき」になった説

当時、田植えは多くの人が協力して行う大仕事でした。
そんな大仕事を終える時期であることから、
「皆尽月」と呼ばれ、「みなづき」になった説です。

水が無いから水無月の説

先にも書いたように、旧暦の6月は、今の新暦でいう6月下旬~8月上旬なので、
季節は夏で、梅雨も終わり、つまり水が無い時期になりますよね。
だから、水が無い=水無月になった、という説です。

もしかすると、この水が無い水無月の意味で解釈する人もそこそこ多くて、
そこへ水がある月の説とか、旧暦と新暦の混乱とが混じりあって、
余計に水無月の意味がわからなくなる人が増えたのかもしれないですね。

なお、水無月の由来と意味で有力なのは、先にも書いた田に水を引く月ですが、
その他の説も含めて、どれが完璧に正解!という説は無いのだそうです。
しかし、どれも昔の人々の生活に深く関係する説で、説得力はありますよね。

 

以上、水無月について、
それがいつのことなのかとか、意味や由来など、
気になることを調べて、まとめてみました。

水無月、よく季節や天気の話題になったときに出てきたり、
何気なく使う言葉ですが、こんな色々な説や意味があったのですね。

水無月という言葉には、昔の人々の生活などが深く関係していて
そこからそれぞれ、色々な説があらわれたり、
暦が人々に浸透する過程で混じってしまったんだな~と予想ができたり
とても興味深くて、面白かったです。

 

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。
  • コメント (0)
  1. この記事へのコメントはありません。

ページ上部へ戻る