「Synthesizer V」を手掛けるDreamtonicsから、これまでの楽器音源とは少し違う新製品が登場した。
2026年8月26日に発売された「Instrument X」は、ヴァイオリンやフルート、トランペットなどの演奏をAIで生成する「AI演奏合成ソフトウェア」だ。
ただし、AIに指示すれば曲まで自動で作ってくれるソフトではない。ユーザーが作ったメロディーやフレーズをもとに、その音符をどう楽器らしく演奏するかをAIで作ることに重点が置かれている。
では、これまでDTMで使われてきたサンプル音源とは何が違うのか。仕組みだけでなく、Instrument Xだからできること、逆に従来音源とは異なる制約まで見ていきたい。
Instrument Xは「AI作曲ソフト」ではない
Instrument Xで最初に押さえておきたいのが、AIが担当するのは作曲ではなく演奏だという点だ。
ピアノロールなどにノートを配置すると、それをもとにヴァイオリンなら弓を使った表現、管楽器なら息遣いを含んだ表現へと仕上げていく。
つまり、
何を演奏するかを決めるのはユーザー。
どう演奏するかを作るのがInstrument X。
という関係になる。
自動作曲機能は搭載されていないため、Sunoのように文章から完成した楽曲を生成するタイプのサービスとは役割がまったく違う。
Synthesizer Vの「楽器版」なのか
開発元が同じDreamtonicsで、画面もSynthesizer Vに近い。ピアノロールにノートを置き、AIリテイクを使って表現を変えていく考え方にも共通点がある。
そのため「Synthesizer Vの楽器版」と考えるとイメージはつかみやすいが、製品としては別物だ。
Instrument Xを利用するために「Synthesizer V Studio 2 Pro」を購入する必要はなく、Synthesizer V側からInstrument Xの楽器を使うこともできない。
最大の違いは「録音された演奏を呼び出す」方式ではないこと
Instrument Xの特徴を理解するには、従来のサンプル音源との違いを見るのが分かりやすい。
従来のサンプル音源は、さまざまな演奏をあらかじめ録音する
高品質なヴァイオリン音源などでは、本物の奏者にさまざまな音程や強弱、奏法で演奏してもらい、その音を大量に録音している。
長く伸ばした音、短く切った音、弱く弾いた音、強く弾いた音、レガート、スタッカートなどを用意し、入力されたMIDIデータに合わせて適切な録音を再生する仕組みだ。
リアルな音を収録すれば高品質な音源を作れる一方、奏法やマイク位置を増やすほど大量のオーディオデータが必要になる。
Instrument Xは、この部分を違う方法で処理している。
Instrument XではAIモデルから演奏を生成する
Instrument Xも、音源を作る過程では実際のプロ奏者を収録している。
しかし、ユーザーが曲を再生するときに、その録音済み演奏を切り替えながらつなぎ合わせているわけではない。
プロ奏者によるマルチチャンネル収録を学習したAIモデルが、入力されたフレーズに合わせてアーティキュレーションやダイナミクスを表現し、演奏音を生成する。
ここが従来型のサンプル音源との大きな違いだ。
したがって、「サンプルを使わない」という説明を実際の楽器を録音していないという意味で受け取るのは正確ではない。
実演奏はAIを作るための材料として使われている。違うのは、完成した音源を鳴らす段階で大量の録音済みサンプルを選んで再生する方式ではないことだ。
AI演奏合成になると何が変わる?
方式が違うだけなら、ユーザーにとって大きな意味はない。
Instrument Xで重要なのは、その仕組みが実際の演奏編集にもつながっていることだ。
奏法を選ぶだけでなく、組み合わせられる
Instrument Xでは、スタッカート、テヌート、スラーといった基本的な表現に加え、弦楽器のコル・レーニョや金管楽器のミュートなど、楽器固有の奏法を指定できる。
さらに、1つの音符へ複数のアーティキュレーションを重ねることも可能だ。
従来のサンプル音源では「どの録音済み奏法を呼び出すか」という発想になりやすかったのに対し、Instrument Xではどのように演奏させたいかを指定して生成する方向へ近づいている。
強弱を変えると、音量だけでなく音色も変わる
生楽器は、弱く演奏した音を単純に大音量にしても、強く演奏した音にはならない。
強く吹いたり弾いたりすれば、音色や倍音、音の勢いそのものが変わるからだ。
Instrument Xのダイナミクスでは、強弱に合わせて音量だけでなく、音色や音の厚みなども連動して変化する。ノートを配置すると文脈に合わせたダイナミクスを予測する機能もあり、必要ならユーザー自身がカーブを調整できる。
同じフレーズから別の演奏を作れる「AI演奏リテイク」
打ち込んだ音符はそのままでも、演奏のニュアンスだけを変えたい場合に使えるのが「AI演奏リテイク」だ。
任意のフレーズについて、音色の揺らぎや細かなピッチ、演奏の勢いなどを変えた別テイクを生成できる。
「ノートを正しく入力すれば完成」というより、一度生成された演奏から好みのテイクを探していくという制作方法が加わるわけだ。
最大11チャンネルのマイクで空間の響きまで作る
Instrument Xが生成するのは、楽器単体の音だけではない。
楽器データベースの制作では8~11本のマイクを使った収録に加え、独自開発の十二面体スピーカーでスタジオの音響特性も測定。楽器の音と部屋の響きを分けて扱えるようにしている。
ユーザー側では、楽器に近いオンマイク、全体を捉えるデッカツリー、部屋の響きを拾うマイクなどをミキサー上で調整できる。
複数マイクを切り替えられるサンプル音源自体は以前から存在する。
Instrument Xで異なるのは、大量のマイク別サンプルを保存して切り替えるのではなく、空間音響の特性も含めて生成する仕組みを採っていることだ。
「どんな楽器の音か」だけでなく、その楽器がどんな空間で鳴っているかまで生成側で扱うのが特徴になる。
1楽器あたり約200MB 大容量サンプルを抱えない
生成方式の違いは、必要なストレージ容量にも表れている。
Instrument Xでは、エディターと楽器データベース1種をインストールする場合、必要な空き容量は300MB以上。楽器データは1種あたり約200MBが目安とされている。
高品質なオーケストラ系サンプル音源では、数十GB単位になる製品も珍しくない。
もちろん容量が小さいことだけで音質の優劣を判断することはできない。
Instrument Xの場合は、大量の録音済みサンプルをPCへ保存しなくてもよい設計だから小さくできると考える方が適切だ。
ただし、従来のソフト音源をそのまま置き換えるわけではない
ここまでを見ると、従来のサンプル音源をAI音源へそのまま置き換えられそうにも見える。
しかし、現在のInstrument Xには制作方法そのものに大きな違いがある。
MIDIキーボードには対応するが、普通の音源のようには弾けない
Instrument XはMIDIキーボードからのノート入力に対応している。
ただし、通常のソフト音源のように鍵盤を押した瞬間からヴァイオリンやトランペットの完成した演奏音をリアルタイムで鳴らす仕組みではない。
実際の利用では入力したデータをAIでレンダリングし、目的の楽器音を生成する工程が入る。実機レビューでも、リアルタイム入力時にはピアノ音となり、目的の楽器音を得るにはレンダリングが必要だと確認されている。
鍵盤を弾きながら音色を選び、即興的に曲を作る使い方なら、従来型のソフト音源の方が扱いやすい場面はある。
一方、譜面やMIDIを用意してから、奏法や強弱を細かく作り込む制作ではInstrument Xの特徴を生かしやすい。
従来音源の上位互換というより、演奏を作る手順そのものが異なる音源と見るべきだろう。
ネット接続も必要
AI生成だからクラウドへ毎回データを送って音を作る、という製品ではないが、「完全オフラインで使える」という意味でもない。
Instrument Xは起動時にライセンス確認を行うため、インターネット接続環境が必要だ。
外部ネットワークから切り離した制作PCで使う予定がある場合は、購入前に確認しておきたいポイントになる。
Instrument Xは15楽器から選べる
第1弾として用意されたのは、4つのCollection、合計15楽器だ。
| Collection | 収録楽器 |
|---|---|
| Strings | ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス |
| Woodwinds | フルート、ピッコロ、オーボエ、クラリネット(A管)、ファゴット |
| Brass | トランペット(Bb管)、ホルン、トロンボーン、チューバ |
| Jazz Combo | アルトサックス、テナーサックス |
購入方法は、15楽器をまとめた「Collectionセット」、ジャンルごとの「Collection」、1楽器ずつ購入する「楽器単体」の3種類。
楽器単体は各17,600円で、Collectionセット vol.1は114,400円。Collectionは26,400~52,800円となっている。2026年11月4日23時59分までは、AHSダウンロードでCollectionセットと各Collectionが通常価格から10%オフになる。
1楽器だけ買ってもエディターは使える
購入方法で分かりにくそうなのが、Instrument X本体の扱いだ。
専用エディターを先に購入し、その後に楽器データを追加する仕組みではない。
楽器単体、Collection、Collectionセットのどれを購入しても演奏用エディターを利用でき、Instrument X単体でノート入力からエフェクト処理、WAV書き出しまで行える。
つまり、ヴァイオリンだけ必要なら、ヴァイオリン1本から始めることもできる。
ただし、楽器単体を後から何本か購入しても、支払った金額との差額だけでCollectionへアップグレードする制度は用意されていない。
必要な楽器が複数ある場合は、最初からCollectionを選んだ方がよいケースもある。
体験版も公開されているため、特に従来のソフト音源とは異なるレンダリング中心の制作方法が自分に合うかは、購入前に実際に触って確認しておきたい。
まとめ
Dreamtonics「Instrument X」が従来のサンプル音源と大きく違うのは、単にAIという名前が付いているからではない。
従来のサンプル音源では、プロ奏者によるさまざまな演奏を大量に録音し、その中から必要な音を呼び出して演奏を組み立ててきた。
Instrument Xも実際のプロ奏者を収録するが、それをAIモデルの学習に利用し、ユーザーが入力した音符や奏法、強弱に応じた演奏を生成する。
その仕組みによって、アーティキュレーションの組み合わせ、AIリテイク、自然なダイナミクス、空間音響の調整などを一つの環境で扱える。楽器データが1種あたり約200MBという小ささも、生成方式の違いから生まれた特徴だ。
一方、通常のソフト音源のようにMIDIキーボードで完成した楽器音をリアルタイム演奏する用途には向いていない。
そのため、Instrument Xを「サンプル音源をAIで置き換えた上位版」と考えるのは少し違う。
録音された演奏を選んで鳴らすのではなく、自分が入力したフレーズに必要な演奏を生成する。
Instrument Xの新しさは、DTMで楽器を鳴らすための音源が増えたこと以上に、楽器の“音”ではなく“演奏”そのものを作るという、新しい制作方法を提示したことにある。
